コラム
中尾雅昭さんのこと
伊豆の海沿いの135号線。 週末には行楽のクルマで混み合うその道から、
何度行っても見過ごしてしまう 細い脇道に入り、
曲がりくねった農道を心細くなるほど登ったところに 、中尾さんの家はあります。
傍らのせせらぎには、アヒルが2羽。
「あれはうちのアヒル。でも、最近、鳥に変な病気が流行っているから心配」。
仕事場に、確かウサギもいましたよね。
「ああ、ウサギはいなくなっちゃったけど、近所の人がどこかで元気にしてるのを見かけたらしいです」。
奥さんと3人のお子さんたちと犬のダイ、 猫のもえ、あひるのフィーフィー、フェーフェー、
名無しのハムスター。そして、いま旅に出ているうさぎのウーサンと
季節には目の前で山菜が採れる緑豊かな場所に、中尾さんは暮らしています。
中尾さんが陶芸とで出会ったのは大学4年生のころ。
それまで金工専攻だったのが、あるとき焼きものに触れ
土いじりの楽しさに目覚め、卒業後もその道に進むことに。
そして、やがて陶人形の第一人者、阿部和唐(わとう)さんに出会い
伊豆の和唐さんのお仕事場で、作陶することになったそうです。
とはいえ、弟子入りとはちょっと違い、ときおり手伝いをすることはあっても
和唐さんは和唐さん、中尾さんは中尾さんの作品づくりに励む日々。
やがて、天性の人形作家とも言える和唐さんの仕事を目の当たりにした中尾さんは
自分らしいものづくりを模索して、うつわの世界に入って行きます。
阿部和唐さんのお母さまは料理研究家の故・阿部なをさんでした。
そのアドバイスや、和陶さんのところでずっと三食炊事をしていた経験も幸いして
使いやすく盛り映えのする中尾さんのうつわは、まもなく注目され人気を集めます。
わたしが中尾さんと出会ったのは、店を始めて間もないころ。
親しくしていただいていたギャラリーで、中尾さんが個展を開いていたとき
そのオーナーが「PARTYさんに合いそうなうつわ」だと、教えてくれたのです。
さっそく見に伺うと、それは、それまで知っていた作家ものとはまったく違う
モダンでお洒落で明るくて、心を弾ませてくれるうつわたちでした。
それからすぐに個展をお願いして、翌年も、また翌年も。
いつの間にか、中尾さんの個展はPARTYの春に欠かせないものになりました。
もう10年近くになるというのに、はじめからのお客さまも飽くことなく、楽しみに来てくださるのは
中尾さんがいつも新しい驚きをくれるからだと思います。
「土の表情を見つけるのが楽しいんです」
だから、焼きものを続けられるんだと、中尾さんは言います。
中尾さんと話をしていると、まるでやきものの土も
犬のダイやウサギのウーさんや、あひるのフィーフィー、フェーフェーと同じ
中尾さんにとって興味の尽きない遊び相手のように思えてきます。
ああしてみよう、こうしたら面白いかな、と土と戯れて
思うように行かないことも、あれッと思う出来上がりも愉快がって
新しい発見に顔をほころばせる、そんな中尾さんが目に浮かびます。
焼きものだけでなく、中尾さんはさまざまなものに
ゆたかな好奇心を持つ人です。
個展で出かける新しい土地、初めて出会う人たち。
日々の暮らしの中の小さなできごとにも、素直な感動や驚きを覚えることのできる
数少ない大人のような気がします。
作家さんとして、もの作りの苦労はたくさんあるには違いないけど
どのうつわからも、ゆったり楽しい気分があふれ、使う人をうきうきさせるのは
そんな中尾さんの天性とも言えるピュアな心のせいだと思います。
ここしばらく、中尾さんを夢中にさせているもののひとつが「クマ」のモチーフ。
故・星野道夫さんの本で見たシロクマに心をひかれたのがきっかけで
お仕事場にはたくさんの写真集がありました。
てっぺんにちょこんとクマの乗ったふたものや、うつわそのものがクマの鉢。
今回の個展でも、いろいろなシロクマたちに会えそうです。
もうひとつ、中尾さんの個展で楽しみなのが、爽やかなグリーンを入れたポットたち。
個展に向けて種を蒔き、発芽を待つポットも窓辺に置かれていました。
もちろん、ベーシックで使いやすいアイボリーのうつわ
黒や茶のシックなうつわもスタンバイしています。
「長く焼きものをやっていると、節目節目で上達を感じるときがあるんです」と、中尾さん。
そんなとき、前に作っていたものをあらためて作ってみると
また新しいものがみえてくる、と言います。
ひとつひとつが去年と違う、いつも進化している中尾さんの世界。
今年も遊びに来てくださいね!
2004年訪問
→中尾雅昭さんの作品はこちら。