コラム

鈴木健司さんのこと

suzuki


そのお椀に出会ったのは

去年の9月、初めて浄法寺 滴生舎を訪ねたときのこと。

深く美しい朱の色に、ゆったりとてらいのないかたち。

こんなに素敵なお椀を作るのは、どんな人だろう。

きっと人気の作り手だな、と思いつつ

メモに「鈴木健司さん」と名前を書きとめて

その日は少し急ぎ足の行程だったため、そのまま浄法寺をあとにしました。



長く愛着を持って使える漆のお椀に、出会える店になりたいと、

何年か前から思っています。

日々の食卓に欠かせないものでありながら

かつて日本の暮らしに根付いていた工芸でありながら

いつしか贅沢品になってしまった漆のお椀。

そう言うわたしも木地からきちんと作られた

作り手の顔の見えるお椀を使い始めたのは

30代も終わりになった頃でした。

持って軽く、中身の熱さを手に伝えず、口当たり良く、美しい。

さらに日々使い込むほど艶やかになり、愛着に応えてくれる。

自分が知った魅力を伝えたくて、幾度か漆の催しも開いたけれど

やはり他のうつわに比べて高価で動きにくい。まして常設ではなおさらのこと。

次第にめげそうな気持を支えたのは

いつも変わることなく、誠実に仕事を続ける

作り手たちの存在でした。

  

初めて使い始めたお椀の手塚俊明さん、その手塚さんと一緒に

もう10数年前にグループ展をやってもらった野村俊彰さん、長井均さん。

あちらこちらの催しでここ数年に知り合った作り手たち。

おそらく漆にとって厳しい時代であっても

誰もが会うたび穏やかな笑顔で、漆のうつわを作り続けています。

  

そして、昔から心を惹かれながら

出会いのなかった浄法寺とその周辺の作り手と

こどものうつわ展をきっかけにおつきあいが始まったことも

漆への思いに再び弾みをつけました。

  

suzuki

  

「浄法寺に行ってみたい」。

国産漆の70%を産する漆の里。

一度は壊滅状態に廃れた漆器を、見事、日常のうつわとして蘇らせた産地。

漆を扱うなら一度は訪ねてみたい。

その思いが実現したのが、去年「こどものうつわ」の取材のため、

同じ二戸周辺の大野木工を訪ねた帰り。

そのとき見たのが鈴木健司さんのお椀です。

  

suzuki

  

東京に戻ってしばらくして滴生舎に電話して

いつも作り手の紹介をしてくれる小田島さんに鈴木さんのお椀の話をすると

「あ、いまここにいますから代わります」。

突然の展開に慌てる間もなく鈴木さんが出て、あっさりと交渉成立。

欠品していたものをしばらく待って作っていただいて、その年の暮れから

鈴木さんのお椀が、PARTYに並ぶようになりました。

  

suzuki

 

鈴木健司さんは塗り手であると同時に、数少ない漆の掻き手のひとりでした。

会津で漆器の製造をする家に生まれた鈴木さん。

塗り師として仕事をしていましたが

「業者さんから漆を買っているだけだと、不具合があったときにも

言い含められてしまう。知識がないと、反論できないんです」。

さらに、あまたいる漆の塗り手の中で

自分にしかできないことをと考えたとき

漆を掻きたい気持がつのりました。

  

そして、弟子入りを志願したのが

同じ福島で、おつきあいのあった漆作家の谷口吏さん。

自分で掻いた漆で作品を作る谷口さんに願い出たところ

「そんなに甘いもんじゃない」と門前払い。

幾度かそれを繰り返すうち、本気ならばと勧められたのが

浄法寺の日本漆掻き技術保存会による研修生制度。

さっそく応募してみたけれど「書類審査で落ちちゃったんです」。

  

けれどおかげで、谷口さんに師事することができ

1年が過ぎた頃、浄法寺から連絡がありました。

そして、浄法寺での一年の研修。

それが終わる頃、ちょうど塗り手を探していた滴生舎から声がかかり

鈴木さんは浄法寺に移住することになります。

それから夏場は漆を掻き、他の季節は工房で塗りという

鈴木さんの浄法寺暮らしが始まったのです。

  
  

suzuki

  
  

漆掻きの仕事を見せていただきたくて、この8月、鈴木さんを訪ねました。

掻き手として数々の取材を受けて来たらしい鈴木さんですが

「ギャラリーの人は初めてだなあ」

「わたしも漆掻きをする作家さんと会ったのは初めてですもの」

「ああ、そうか!そうですよね」。

本当に、木地から作る塗り手はいても、漆を掻く人は初めて。

浄法寺では大御所 岩舘隆さんが「漆が高くなったから」と自ら掻いていますが

それでも希少な存在です。

  

浄法寺の唯一の民宿である「天台荘」に宿泊し

朝8時に迎えに来てくれた鈴木さんのクルマで仕事の場へ。

事前に電話で「装備」を訊くと

「山ですからね。長袖、長ズボン、帽子に長靴。あと、蚊取り線香ですね」ということで

かなりの山歩きも覚悟していたけれど、どこまで行くの?と思うほど

薮の山道をガタガタかき分け、クルマは漆の林の間近に着きました。

  

suzuki

  

漆掻きの道具を身につけた鈴木さん、

掻いた漆を入れるカキタルの縁をトントンと叩き始めます。

掻いた漆をここでこそげとるため、縁を平らにならすのです。

1本の漆の木から取れる漆は、1シーズンでわずか牛乳瓶に1本。

一滴も無駄にできません。

また、1gの漆があれば、お椀の一塗りができるといいます。

  

suzuki

  

「あそこです」。

鈴木さんのあとについて指差された林に向かうと

すでに何本ものキズが付けられた漆の木々が見えて来ます。

  

suzuki

 

まずは掻く木の周囲を下草刈り。

次に、木に付いている傷の周囲の皮をカマで剥ぎます。

 

suzuki

 

こうして下準備をして、いよいよ漆を取るため、木に傷を付ける作業。

 

suzuki

 

最初にすでに付けた傷の下にカンナで1本傷を付け

今度はいちばん上に傷を付け、さらにその傷の奥にカンナの細い部分で1本傷を付けます。

しばらくすると、その傷を塞ごうとして木が漆の液を出し始めます。

 

suzuki

 

suzuki

 

それを手際良くヘラで掻き取ります。

 

suzuki

 

1本の木に付ける傷の間隔も決まっているそうです。

 

suzuki

 

漆掻きの道具はカマやヘラの刃の部分以外、持ち手もカキタルもすべて手づくり。

はしごも自分で作ります。

 

suzuki

 

はしごは凸凹の地形に馴染むよう、敢えて左右が動くように緩く作ってあります。

いちばん上は、木の丸みに添うよう縄だけで編まれています。

 

こうして低いところから高いところまで

いくつかの木を掻いたら、また最初の木に戻り

にじみ出て来た漆をていねいに掻き取ります。

一度掻いたあと、さらににじみ出て来る漆がこぼれないよう

留まる角度で傷付けるのも漆職人の技術。

こうして、1日100本ほどを掻いて

カキタルに2杯、約400匁(1.5kg)の漆が採れます。

漆掻きは6月上旬から準備が始まり、10月上旬で終わります。

年間20貫採れると、ようやく1人前と言われるそう。

 
 

suzuki

 

1日のうちでも、朝掻いた漆と夕方のものでは質が違い

また、シーズンのどの時期に掻いたかによっても大きく違います。

8月のこの時期に採れる漆は「盛り」と呼ばれ、もっとも品質の高いもの。

 

さらに驚くことに、漆の質は掻き手の技術によっても格段に違って来るそうです。

「中国の漆は質が悪いと言われますが、掻き手の技術の問題なんです。

誰が指導したのか、最近は中国の漆でも、ずいぶん質のいいものが出て来ました」と鈴木さん。

そうだったんだ。

掻き手の技術という言葉を口にするとき、鈴木さんの漆掻きへのプライドがうかがえます。

 

suzuki

 

木が植えられてから漆が取れるようになるまでには、14~5年がかかります。

漆を取った木はシーズンが終わると伐採しますが

その根から芽吹いた漆は、すでに根っこができているので

10年ぐらいで採れるそうです。

漆の衰退した時期、漆の木を植林する人は極端に減りました。

けれど、平成19年から始まった日光東照宮の大規模修復に

浄法寺の漆が使われることになり、漆の値段が上がったことで

再び漆を育てる人も増えてきたそうです。

 

掻き手は漆の木を、その年ごとに地主さんから買います。

ひとりの掻き手が400~500本。

それを1日に100本ほどずつ、ローテーションで掻いて行きます。

 

いま、浄法寺の掻き手は25~6名。

そのほとんどが70代から80代の高齢者で

40代始めの鈴木さんは、独り立ちしている掻き手の中では最若手だそうです。

たしかにこれまで本などで目にした「漆掻き職人さん」は

いかにもこの道数十年という年配の人ばかり。

木々の間を身軽に動き、手際良く漆を掻く鈴木さんの姿は

そのイメージを塗り替えます。

 

鈴木さんに初めて会ったのは、この1月、東京で漆サミットという催しがあったとき。

背広姿の鈴木さんはちょっと強面で、じつのとこ話しかけづらかったのですが

ホームグラウンドでは、見違えるようにいきいきとして魅力的。

飽きずに眺めていたわたしたちに「そろそろ終わってもいいですか?

今日の漆はあまり良くないみたいです」。

 

滴生舎に引き上げて、鈴木さんの採った漆を見せてもらいました。

 

suzuki

 

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これは採って来たままの漆。

これから、成分を均一化させる「ナヤシ」や、

熱を加えて余分な水分を取り除く「クロメ」の生成作業が施されます。

 

suzuki

 

このシールが、正真正銘の浄法寺漆である証し。

浄法寺漆の値段は地元の相場で100g 約6000円。

この樽は19.19kgと書いてあるので、約114万円分が入っていることになります。

 

それでも、地主さんから木を買ったり、さまざまな経費を除くと

漆掻きの収入は、決してゆたかなものではありません。

それでも、これから本格的な作家活動に入ろうとする鈴木さんにとっては貴重な収入源。

じつはすでに人気の作家さん、と思った鈴木さんは

いまはまだ滴生舎の塗り師としての仕事の傍ら、自らの作品を作っていて

来年、独立を機に、本格的に始動しようとしているところだったのです。

しかも、PARTYが「初めて作品を置かせてもらったギャラリーです」と聞き、光栄の極み。

「来年からはバリバリ作りますよ」との言葉に期待が膨らみます。

 

suzuki

 

漆器は、高い。

その理由の説明に、わたしたちはよく塗りの手間ひまを強調します。

木固め、下塗り、中塗り、そのたびの研磨に、繊細な神経を使う上塗り。

それでも、一生使えるものだからとお客様に勧めます。

けれど、その前に「漆」という素材がありました。

木が付けられた傷を癒そうとして絞り出す命の一滴。

だからこそ、堅牢で美しい漆。

そして、その一滴一滴の尊さを知り、大切に根気よく掻き採る人がいました。

 

漆器を本気で扱うならば、そこから知らなければなりませんでした。

しかも、掻き手が少ないだけでなく、道具を作る人ももうわずかにひとりということも

浄法寺に来て知りました。

使う人がいなければ、漆の文化が危ないと、あらためて肌で感じました。

 

suzuki

 

浄法寺の人に触れ、鈴木さんの仕事に触れ

小さい力であるけれど、漆を応援し続けて行きたいと

そんなことを思いつつ帰途に着いた旅でした。

 
 

猛暑の2010年8月22日訪問

 

→鈴木健司さんの作品はこちら。

 

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